人には2種類あるといいます。
それはすぐれた運動能力があるか、なしか。
思えば幼少時より運動能力を実感できた試しなし。
走ることはもちろん、球技なんて無理難題…ただただ途方に暮れるばかりです。
たとえ脳から「
今こそ動け!」という信号が発せられたとしても、
大部分の運動神経がコールドスリープ状態のため思うように体が動く爽快感などとはおよそ無縁の人生でした。
けれどすぐれた運動能力ってそんなに必要なものなのか。
人は歩くことができれば、大概のことはなんとかなるのではないか。
そんな仮説を実証すべくあるイベントに挑戦を決意したのです。挑戦するのは
E畑と
K林のふたり組。
「
いざとなったらブラック・ジャック先生に、運動神経を移植してもらう」とはなから二次元頼みな
E畑と
「
人類は二足歩行から始まりました。基本ができればいいのです」ときっぱりのたまう
K林のふたりです。
運動能力については期待値ゼロのふたり組は
11月9日(土)、無謀にも『松本城ウォーク2019』なるイベントに参加したのでした。
「運動能力なんかなくたって、歩くことさえできればなんとかなる!」との思いを胸に、
アルプス展望コース ショートコース7㎞踏破に臨みました。
当日は朝から気恥ずかしいくらいの清々しい晴天。
出発地の松本城内では互いに「
この日和は、わたしたちの人徳!」「
徳ゆえの晴天が眩しすぎて…怖い」などと言い合っておおいに気分をアゲ。まったり無難にストレッチをこなし、のんびりと出発です。
まずめざすは城山公園。そこには第一番印所があり、犬甘城址の印判が押すことができる。
…そう!この『松本城ウォーク』はただひたすら歩くだけではなく、
コース内に設置されたいくつかの印所を巡り松本の歴史に由来する史跡の印判の収集も楽しめる…というナイスな企画がついているのです★
御朱印好きのE畑にとっては、なんともたまらない趣向。歴史を鑑みつつ、印判を自ら押して収集できるとは…!!!
…印刷された筆文字の墨色と、印判の朱色のコントラストを想像しただけで興奮が禁じ得ない…ッ!
などと心中おおいに荒ぶりつつ、進む道はなんとも見覚えのあるもの。
K林が苦虫噛的顔つきでぼそりと呟きました。
「ほとんど会社までのいつもの道のりですよ…(ため息)。
休みだっていうのに…普通に通勤しているような心持になってしまうではないですかッ!」
確かに。
歩くことに慣れ親しんだ上級者のごとくリュックサック(
非常食という名のおやつしか入っていない)を背負い、非日常を満喫すべく松本城を出発したというのに…!ぼんやりしていたらいつものように出勤し、うっかり働いてしまいそうな予感。
こ、これは歩くことに集中しなくては…!!
住宅街でのハッとするほどの紅葉や、
道端の可憐な花のたたずまいにも目もくれずひたすら歩き続けました。
そのうち、みるみる坂道の勾配が変化。ふくらはぎがぎゅんぎゅんしなるのを感じながら「
ここでこけるわけにはいかない…!」と歩みを進めることにさらに集中した次第です。
と、眼前に清々しい公園の風景+眼下には松本市街の風景が現れましたが…まあそんなことはどうでもいい。なにはともあれ朱印!
小笠原本城林城支城 犬甘城址の印判を集印帖に押さねば!ハスハスと息切れ気味の呼吸を整え、いざ。
…うむ、弓を張る武士の姿の印判です。
勇ましい。
ともあれ押印萌気力があるうちに続いて第二番印所、鳥居山に向かわねば…!
されど城山公園から鳥居山への道のりはなおもきつかった…
なにがきついって、坂道の角度!
膝どころか脚全体のカクカクがとまらなず、生まれたての仔牛のようにおぼつかない歩みです。
せめて気を紛らわそうと
K林に話しかけてみました。
「今日のお昼だけど、なにか希望はあり…」
「(若干噛み気味に)肉ですね、肉」
「肉といってもいろいろな」
「(若干噛み気味に)肉ならもう、なんでも来いッ!です」
「…そ、そう、そう肉は正義だしな(どんどん息が切れてきた)ハスハス」
「こんな山道を歩いた後は、肉でも喰べなければやってられないですッ…はぁはぁ」
確かに。
マジでキレる五秒前な坂道ではありますが…そもそも、
このウォーキングへの参加を決めたのも自分、このショートコースを選んだのも自分。運動能力の非必然性と歩行至上性の実証に臨むべく、すべて己の意志で決めたこと。
あらためて現実を再認識した途端、なんともいえないしょっぱい気分になったふたりなのでした…。
すぐれた運動能力をお持ちの方ならば、過酷な環境をむしろ楽しんでしまうのかもしれませんが…
目の前にある急な坂道なんぞは「今すぐ平らになりますようにッ」と祈りつつ、一歩一歩登っていくしかないのです。
遅々とした歩みながらも、なんとかこんとか展望台に到着。
第二番印所は鳥居火が焚かれる鳥居山のてっぺんでした。
印判は、神社の鳥居の形そのままに炎が燃えさかる様子をデザインしたもの。
「なかなかいい印ですな…はぁはぁ」
「…ごほ、風情がありますね」
「集印はあと残りふたつか…」
「安心してください。ここまではけっこうきつかったですけど、苦しみゾーンはほぼ終了です」
こわばった身体をのろのろとほぐしながら、私たちはざっくりと地図を確認しました。
ここからはコースを折り返し、残りはくだりがメインになっていくのです。
「たぶんその道って…あれじゃない?」
「そうですね…いい感じにくだっているあの道に間違いないかと」
「よぉし、どんどん下りちゃる!ふぉー!」
携帯ドリンクと非常食で気力をプチ回復し、てくてく山を下りはじめた私たち。
ここで「ざっくりと」ではなく「きっちりと」地図を確認しなかったことを激しく後悔することになるとは知らずに…
ともあれアルプス公園付近は錦秋真っただ中。紅葉の葉陰から覗く高く澄んだ空の青さがことさらに目に沁みます。
「…うむ、秋ですなぁ」
「まったく秋ですねぇ」
黄金色に輝く銀杏や、チョコレートボックスのように秋色落ち葉が散った足元。
ふと振り返れば巨大なキノコの一群が…もといテーブルと椅子が目に入ります。
「む!なんだか急に空腹感が押し寄せてきたー!」
「…きのこの山を思い出したんですね、確かに色みは似ていますけど」
歩くうちに空腹感はますます募ってはいきましたが、私たちの思いはひとつ。
「城に帰ったら肉」
「そう、城に帰ったら肉」
「城着、速攻肉」
「城のち肉!」
「城のち肉!
肉のことばかり妄想しながら山道をくだり、柿や林檎がたわわに実る住宅街に入ってきたところで地図を改めて確認です。
「さて。ここはどこいらへん?」
「わたしの予想ではここではないかと…」
「む、そうなのか…てか、なんかランドマークが違わなくない?」
「そうですか?どれどれ…ひゃッ!そういえば、地図に載ってるものがないような…ッ」
ああでもない、こうでもないと地図を眺めてわたしたちがひねり出した結論は
「道を見失ったってやつ…?」
「コースを大幅に大きくはずれてしまったものと思われます…」
途中からロングコースに無理矢理入り込んでしまったため、このまま道なりに行くとめちゃくちゃ遠回りになってしまうことは必須。城に帰る時間が遅くなるということは、
肉が遠ざかるということ!
「それは…絶対避けたい」
「同感。ありえないですね」
けれど印判収集もあきらめたくないのも確か。
「第三番印所に向かってガバッとショートカットしていきましょう、この際規定コースは無視で」
「おお、智将ここにあり!ついていかせていただきますッ」
「ここまできて歩かずに戻れるか、ってんですよ!ささ、道はこちらです、こちらッ!」
「
K林さんたら頼もすぃなぁ!押忍ッ、ついていきまッす(涙目)」
思えばトラップはわかりやすく、私たちは早々に気づくべきだった。自分たちのコース以外の印所を発見したとき「ん?」と思うどころか
「わぁい、もうけもうけ!集印状の裏に押しちゃお★」
「なかなかかわいいデザイン!いいですねぇ」
などとのんきに押印していたりなんかした…結果、激しくコースアウト。
運動能力以前に、地図把握力も皆無なことが露見したのです。だがしかし、
K林の冷静な判断で奇跡の復活を遂げました。
こまくさ道路をひたすら下り、深志高校北の交差点が見えたときは心のなかは
インドの祭典状態に。
「ここ、知ってる…!会社の近くだぁ!」
「結局、会社の近くに戻ってきてしまうという…そういう運命なのでしょうか」
一瞬、
K林が悔しそうな顔をしていたような、そうではないような。
激しくスティック化していく腰+脚を鼓舞しつつ、第三番印所 武家住宅の髙橋家で押印。
気力で第四番印所の国宝 旧開智学校校舎にたどりつき朦朧としながら押印…あとは松本城に帰るだけ。
太鼓門から入城し、最後の押印をしたときは胸がいっぱいに。
途端、頭のなかは肉のことでいっぱいになったことは言うまでもありません。
「城のち肉!」
疲労感と肉への期待感でめくるめく思いに駆られながら、城内の砂利を踏みしめ結印所へ。
ねぎらいの言葉もそこそこに聞き流し肉を貪り喰らうべく場所へ一路、急ぎ向かった私たちなのでした。
…そこには確かに肉がいました。
信濃で生まれ育った豚のいちばんおいしいところをふんだんに使い、絶妙な火加減で最高の状態にロースト。あふれ出すのは凝縮した旨味です。肉は力強く味蕾に豚の底力を伝えてきました。旨味と混然一体となり波状攻撃を仕掛けてくるのは脂身のあまみ。香ばしさと華やかさで脳髄にパンチをくらわせます。豚が渾身の力で放ってくる旨味とあまみに束の間、翻弄されつつも私たちは最高のひとときを味わったのでした。
くたくたになりすぎて、カトラリーを使う腕も震えがちでしたが…あますところなく完喰したのです。
肉はすべての解である。
そんなことを考えながら、駐車させてもらっていた車の回収のため会社へ(
結局、会社には顔は出す)。
当番出勤をしていた
M山課長は、私たちの顔を見るなりこうおっしゃった。
「…なんか、ふたりともいい顔してるじゃん!歩いたあとのやりきった顔してるじゃん」
無邪気な
M山課長は私たちから漂う“やりきりました”的なオーラがすっかりウォーキングによるものと思い込み、我がことのように喜んでくれましたが…それは違った。
確かに私たちは“やりきりました”が、歩ききったことなどではなく歩いた後に貪った「肉の味」に深い達成感を覚えていたのです。
肉はすべてを凌駕する。
肉のすべてを胃袋に格納し、ようやくひと心地もついたところで、やっとウォーキングの歩程を振り返る余裕がでてきた私たちです。
「7㎞が限界だなんて言ってたけど、なんだかんだでそれ以上歩いたっぽいし」
「ロングコースよりもさらにロングな距離を歩きましたよ!」
「…ふぉ!私たちってけっこうなかなか歩ける能力者ではないですか」
「まあ、肉というご褒美があったからの快挙ともいえますが…」
奇しくも意図せずにモアモアロングなコースを歩ききったわけですが、
卓越した運動能力がなくても歩くことができる。されどそれは妙なる目的(あるいはご褒美)があってこその実行、ということを身をもって証明した次第です。
ゆえに今回の挑戦から得たことは
『歩くことは重要、けれど歩くためには運動能力よりも地図を見ることのできる力がもっと重要』という事実なのでした。地図を把握できれば、道を見失うこともなくなるわけですし。
結局、まるっと11月9日で
E畑が歩いた歩数は30,013歩。通常5000歩平均/日からすると驚異的な数値です。
22kmもの道のりを一日かけて歩いたことになります。
当日の夜は「やればできるんじゃのぅ…」などと悦に入っておりましたが、
その反動はすぐ翌日に現れた。全身がひどい疲労感に襲われ、寝床から起き上がることもままならず…日がな一日ゾンビのように過ごさざるを得なかったのです。聞けば
K林も似たような状態だったといいます。
「思うに自身の限界を越えた運動量をしてしまったことで、すべての運動機能がダウンしたのではないかと」
「仮死状態で、エネルギーを温存するヤツですな…」
11日の月曜日には出勤できるまでに回復はしたものの、ウォーキング翌日のつかいものにならないっぷりは特筆すべき状態でした。
『ご褒美があれば備わっている以上の運動能力を発揮できることも可能である』ことを証明した私たちですが、同時にその身をもって『人にはそれぞれに相応の運動能力が備わっている。いたずらにキャパオーバーをすることは、誰のためにもならない』こともしみじみ実感しました。
おそらく2020年度のウォーキングイベントにも、わたしたちは参加することでしょう。そして帰城するなり肉を喰みながら、
「今年はコースを間違えなくてよかったなぁ」
「ポテンシャルののびしろを感じます」
などと言い合いながら、しみじみと肉の味をかみしめていたいものよ…と思いを馳せるふたりなのでした。